2019年のGWに行ったASEANの旅、出発&シンガポール編に続き、2つ目の街マラッカ編です。

コインランドリーに行く

シンガポール編の最後で無事6ホテルにたどり着きチェックインしたのですが、元々夜遅くの到着だったこともあり、その日は出歩かず早々に寝てしまったのでした。

翌朝はまず起きてホテル1階の朝食会場へと向かいました。上の写真はホテルのエレベーターにあった注意書きです。タバコ、ペット、ドリアン禁止まではいいとして、マンゴスチンとドラゴンフルーツはなぜ…と不思議に思ったのですが、マンゴスチンとドラゴンフルーツの赤色が布に付くと洗っても取れないから、という理由だそうです7

ビュッフェの内容はマレーシアっぽい茶色い中華でした。甘めの味付けです。自宅だとそんなに食べないですが、こういうところのゆで卵はつい食べちゃうんですよね。

さて、朝食を食べた後は観光の前にコインランドリーでお洗濯です。安めでコインランドリーが近くにあるという条件でホテルを予約していたこともあり、迷わず到着することができました。

マレーシアは比較的少額(1リンギット:約25円)から紙幣が採用されているため、洗濯機に直接お金を投入するのではなく写真中央の黄色いマシンで専用のコインを購入し、そのコインを洗濯機に入れるシステムになっていました。それ以外は至って普通のコインランドリーなので、特に迷うところはありませんでした。

コインランドリーのそばには野犬がいっぱい居ました。コインランドリーには入らないよう学習しているようでしたが、何匹もいた上、喧嘩している犬もいたのででちょっとどきっとしてしまいました。涼しいのか、車の下でだらだらしている犬も多数でした。

ホテルから近いとはいえ、スマホもあるしホテルまで戻るほどではないのだよなあとその場で観光の計画を立てながら洗濯が終わるのを待っていました。まだ朝8時台だったということもあり、気温も10度台だったのでコインランドリーの扇風機の風だけで十分涼めたというのもあります。乾燥まで終わって戻る時にコンビニで買ったポッカのジャスミンフレーバーの緑茶は期待(?)に違わず甘い味付けでした。きちんと現地の好みに合わせて売ってるんですね。個人的には海外でも甘くないお茶が飲みたかったりするのですが…

オランダ広場へ行く

さて、洗濯も終わったところで観光に繰り出すことにしました。前に書いたように今回はコインランドリーとコストを優先して中心部からちょっと離れたところのホテルを取っていたので、ホテルからは徒歩でなくGrabで中心部・オランダ広場を目指しました。写真は私がGrabを降りたオランダ広場の直ぐ側、ジョンカーストリートの入口の写真です。ちなみにレンガ色のビルの向かい、私が写真を撮っている場所の背後はH&Mなのですが、この写真を撮ってすぐオランダ広場の方へ向かおうとした所、ちょうどH&Mから出てきた前日にバスで乗り合わせた旅行客の方と遭遇しました。聞いた所バスを降りてから少し歩いたものの、無事ホテルに辿り着くことができたとのことでした。昨日言いそびれた!と後悔していたGrabも案内でき8一安心でした。

ジョンカーストリートの入口からはマラッカ川に架かる短い橋を渡ってオランダ広場へと向かいます。マラッカはマレー半島西岸に位置する都市で、南シナ海からインド方面へと抜ける海路(マラッカ海峡)に位置することもあって、古くから港町として栄え、各国の戦略的拠点として植民地化されてきた歴史もある世界遺産の街です。

橋を渡ると「マラッカといえばここ!」という感じの光景が広がります。だいたいのマラッカの観光ガイドではオランダ広場か、中央奥に見えるマラッカキリスト教会のアップの写真が大々的にフィーチャーされているのではないかと思います。

マラッカ海峡周辺の国際貿易港としての立場がシンガポールに取って代わられて久しいマラッカですが、ご覧の通り今は古都・世界遺産の街としてしっかり観光地となっています。シンガポールからは約200km、長旅ではありますが、2016年の深圳~ハノイ移動2018年のシベリア鉄道に比べればまだまだですね。

オランダ広場の一枚目の写真にも写っていますが、トライショーもまたマラッカの名物です。自転車の横にお客を乗せるサイドカーがついたような構成の車両で、どの車両もご覧のようにゴテゴテにデコレーションされています。自転車をベースにした車両なので言うまでもなく推進力は人力なのですが、なぜか一部電化されていて爆音で日本語の歌謡曲を流しながら走るトライショーも度々見かけました。2枚目の写真のトライショーも後部に大きなスピーカーを積んでいますね。

さて、オランダ広場には冒頭に書いたマラッカキリスト教会の他、いくつかの観光スポットが集まっています。午前中はまずはそれらの観光スポットを訪問していくことにしました。

マラッカキリスト教会を見学する

まずはオランダ広場で一番目を引くマラッカキリスト教会からです。この教会はオランダ統治時代、1753年に完成した教会だそうです。正面の写真から、天井はアーチ状の構造になっているのかと思っていたのですが、写真の通りアーチ状の構造になっているのは正面だけだったのでした。

各国の大聖堂と呼ばれるような教会に比べるとシンプルな教会ですが、荘厳な雰囲気が漂っていました。

窓枠の上部、扇型の部分が独特なデザインです。

床に埋め込まれたプレートがまた歴史を物語っています。下の方の文章は古いオランダ語なのでしょうか?

スタダイスを見学する

マラッカキリスト教会の次はお隣、スタダイスです。スタダイスはオランダ統治時代の総督邸を改装した博物館です。

ご覧の通り、ポルトガル(1511-1641)、オランダ(1641-1824)、イギリス(1824-1942/1945-1957)、日本(1942-1945)の4カ国による植民地統治時代を含めた文化を紹介する博物館になっています。

日本統治時代を紹介するコーナーでは日本刀や日本政府発行の通貨などが展示されていました。”THE JAPANESE GOVERNMENT”の100″ドル”札、というのがちょっと不思議な気分です。

こちらはマレー半島に住み着いた中華系の人々であるババ・ニョニャの人々が婚礼の際に使用したベッドだそうです。

その他、人力車が屋外に飾られていたりと、様々な国の文化が混じり合ったマラッカの雰囲気を味わうことができる博物館でした。

こちらは博物館の外廊下に飾ってあった看板です。歴史的展示品というわけではないのですが、ちょっとおもしろかったので紹介します。見て分かる人は分かるかと思いますが、こちらの看板に描かれているのはマレーシアの歴代首相です。

さて、この看板のマハティール・ビン・モハマド氏のところをよく見てみると、就任期間のところに張り紙がしてあります。第4代首相として22年間首相を務め、ルックイースト政策でも有名なマハティール氏ですが、2018年に第7代首相として再登板していたため追加の張り紙がされているというわけです。マレーシアではマハティール氏の再登板までは同じ人物が間を空けて首相を2回務めたことはない9ので、こうなることは想定していなかったんだろうなあ…と思いながらこの看板を眺めていたのでした。

スタダイスの裏手には1400年代、明の皇帝の命を受けて大航海を行い、ここマラッカにも寄港した鄭和に関する文物を展示するコーナーと、鄭和の石像が飾ってありました。鄭和は1400年代にアフリカまで航海していたということで驚きです。

セント・ポール教会へ行く

スタダイスの裏手をさらに進んでいくとセント・ポール教会にたどり着きます。実際には教会跡、というのが正しいのですが、日本でも有名な宣教師フランシスコ・ザビエルゆかりの教会ということもあり、見学する人が絶えないスポットです。フランシスコ・ザビエルも属したイエズス会が日本と中国の宣教の旅に出る際の拠点としたのがここマラッカで、フランシスコ・ザビエルが1552年に中国で死去した後、インドのゴアへ移送されるまでの間、一時的にこの教会に遺体が安置されていたこともあるそうです。また、写真の像はフランシスコ・ザビエルの像です。

セント・ポール教会は小高い丘の上に建てられています。マラッカタワーと煉瓦色の屋根・海が一望できます。

教会は英国に破壊されてしまい屋根がなく、外壁もボロボロになってしまっていますが、墓石などいくつかの物品が展示されていました。

こちらの金網のある場所にフランシスコ・ザビエルの遺体が一時安置されていたということです。イエズス会を示す”IHS”の文字が見えます。

こちらはセント・ポール教会のそばにあるマレーシア独立記念博物館です。残念ながら訪問したのが休館日の月曜日だったため、内部を見学することはできませんでした。

セントポール教会から更に先に進み、丘を下るとポルトガル時代の要塞であるサンチャゴ砦があります。ここもなかなかの人気撮影スポットになっていました。

お昼ごはんを食べつつ散歩

サンチャゴ砦にたどり着く頃にはすっかり日も出てお昼ごはんの頃合いになっていたこともあり、すぐそばのショッピングモールに入って涼みつつご飯を探しました。フードコートでアッサムラクサが売られているのを見つけたので注文してみました。シンガポールのラクサとアッサムラクサはぜんぜん違うと聞いていたので、どんなものなのか気になり食べてみることにしました。マレー語の「アッサム」は酸っぱいという意味だそうで、名前に違わず酸味が強い麺料理でした。また、写真でも見えていますが、魚が入っていてなかなか生臭く、個人的にはシンガポールのラクサのほうが好きだなあ…という感想でした。

ちなみにアッサムラクサに付いてきた使い捨ての箸は「クリスタルラップ」でした。裏の文言も意味は分かりますが、どうしてユルめのフォントで書いたのでしょうか…

その後マラッカタワーとマラッカ海洋博物館の前を通り、オランダ広場へと戻ってきました。

オランダ広場に着いた後は、橋を渡り反対側のジョンカーストリートを散策しました。シンガポールにもあったようなカラフルなショップハウスがここにも残っていました。

ジョンカーストリートに限らず、街の各所で建物の壁がキャンバスとして使われていました。こういうの見るとおしゃれだなあとは思うのですが、住んでいる人はどういう心境なんでしょうかね…(店舗が多い気はしますが)

アッサムラクサはいまひとつ自分の口には合わなかったので、改めてチキンライスも食べてしまいました。飲み物はマンゴースムージーで、おまけに鶏レバーまで付けてしまいました。

ジョンカーストリートはショップハウスの街並みも見ものなのですが、こちらのマッチョマンの銅像もまた名物の一つです。このDr.Gan Boon Leong氏は様々なボディビルコンテストで優勝したボディビルダーの方だそうです。明らかに周辺とマッチしていないような気もするのですが、この清々しい笑顔を見るとまあいいかという気分になってしまいます。

さらに歩いているとこの福建会館のように、中国の各地の出身者コミュニティが建てたと思われる○○会館という建物が複数ありました。鄭和だけでなく、近現代を含む様々な時代に中国からマラッカへとはるばるやってきた人々が多数いることがうかがえます。

ジョンカーストリートから更に足を伸ばして青雲亭にも行きました。こちらは17世紀に建てられたマレーシア最古の中国寺院で、スタダイスで見た鄭和の功績を称えるために建てられた寺院だそうです。洋風の教会もあれば純中国風の寺院もあるこの混ざり具合がマラッカの魅力なんでしょうね。

その後更に歩いてマレーシア最古のモスクであるカンポン・フル・モスクへと行きました。ちょうどたどり着いた頃は礼拝の時間で、アザーン10が流れていました。ちなみに2014年にクアラルンプールを訪問した時に初めて知ったのですが、玉ねぎ型のドーム構造ではなく、写真のように三角の屋根を持っているのがマレーシアの伝統的なモスクだそうです。

道中、”MAKERSTORE io”という看板の建物も見かけたのですが、どうも閉鎖してしまった模様でした。営業していたら様子を見たかったところです。

その後はまたフラフラと歩き、マラッカ川沿いの遊歩道を散策しながらオランダ広場へとまた戻ってきました。川の水面と道路の高さがそこまで変わらないせいもあってか、なかなか開けたいい雰囲気の遊歩道でした。

道中、フランシスコ・ザビエル教会も見学しました。拝観時間ではなかったため、外からの見学だけでしたが、白いきれいな教会でした。

オランダ広場へと戻ってきた頃には喉も渇いていたので、やむを得ず(?)近くのHard Rock Cafeに入って水分補給をしました。

Hard Rock Cafeで水分補給をした後はお昼にアッサムラクサを食べたショッピングモールにあったアウトレットストアに戻り、はるばるマラッカまで来てズボンを2本ほど買ってしまいました。夏向きのペラペラなジーンズが安く買えたのでラッキーでした。

海峡モスクへ行く

ショッピングモールで買い物をした後、ホテルに一旦戻ってから海峡モスクへと行きました。

この海峡モスク、名前の通り本堂の部分がマラッカ海峡の上に浮かんでいるという実におしゃれなモスクです。ギリギリでしたがなんとか夕景に間に合いました。

モスクのそばのベンチの上にとってもほっそりした猫が座っていました。ご飯が食べられていないのかな…と心配になりましたが人が近寄っても逃げること無く、この後近くの売店でご飯を食べている人におすそ分けをねだっていたので、最低限はきっと食べられているのでしょう。

その後、内部も見学させてもらっているうちに日が落ちてきました。海の上に浮かぶモスクというだけでもなかなかですが、水銀灯なのか緑がかった照明によるライトアップがより一層異国情緒を引き立てていました。

夜のオランダ広場

海峡モスクからはGrabでホテルに直行せずオランダ広場周辺で下車し、ジョンカーストリートのお店で晩ごはんにしました。雰囲気のある半屋外のお店でカレーラーメンとビールです。海外旅行に行くのが難しい昨今ですが、次に東南アジアのぬるい空気を感じながらダラダラとビールがいつになるのでしょうか…

その後は夜のオランダ広場周辺を撮影して回っていました。建物も橋もトライショーも派手派手なイルミネーションです。トライショーは爆音を流したりこれだけ電飾ができるんだったら電動アシストにできるのでは…?と思ってしまいますが、それはきっと野暮というものなんでしょうね。一通り撮影した後、ホテルに戻り翌日に備えて荷物を整理し就寝しました。

バスターミナルへ向かう

2日目はホテルでまたしても中華な朝食を食べた後、早々にチェックアウトしてバスターミナルへと向かいました。元々はマラッカを夕方に出発する計画だったのですが、比較的コンパクトな街だったので1日でかなり回れたという満足感があったので、次のクアラルンプールへの移動を前倒して午前中にバス移動することにしたのでした。

初日に来た際は夜中でしたし下車していなかったので規模感がよく分かっていませんでしたが、なかなか大きなバスターミナルです。マラッカは鉄道路線からはちょっと離れた位置にある都市ということもあり、バスによる長距離交通が主力になっているのでしょうね。

入口から進んでいくと色付きの天窓のせいで青い世界になっている空間が現れたり、なかなか不思議なバスターミナルでした。

早めのチケットを買い直してから、少し時間があったのでここでもちょろっと朝ごはんを食べてしまいました。こちらはいかにも東南アジア風のピリ辛の味付けだったと記憶しています。飲み物は確かミロだったのではないかと思います。

改札の手前でしばらく待っていると搭乗が始まりました。

前回のシンガポール~マラッカ線よりは少し狭い気がしましたが、今回は約2時間ですし、なんてったってシンガポールからの移動と違って国内路線なので入出国でやきもきすることも無いと思うと心の余裕が全然違いました。

隣のバスは9時半発なのに9時半を過ぎても出発していなかったので”Overstay”と表示機に出ていました。バスの不法滞在(?)です。

その後バスはシンガポール~マラッカ間と同様にアジアハイウェイ2号線を北上し、お昼前に赤坂、もといクアラルンプールのTBS(”Terminal Bersepadu Selatan”)へと到着しました。

以上、2019年GW・ASEANの旅、マラッカ編でした。クアラルンプールから日帰り観光で訪れる人も多いことからも分かるように、比較的コンパクトな街なので、1日で結構色々回ることができました。ただ、海峡モスクの夕景や電飾ギラギラの街並みも踏まえると、できるならば日帰りではなく1泊はしたほうがいいのではないかと思います。次回はクアラルンプール編です。お楽しみに!

 

  1. マレーシアに入るところは無事ではなかったような気もしますが…
  2. 田中さんに教えていただきました!
  3. なんとフィリピンで使ったことがあったとのことでした。マレーシアでも使えますよ!とお伝えしたのでした。
  4. 前身のマラヤ連邦時代にはトゥンク・アブドゥル・ラーマン(マレーシア初代首相)→アブドゥル・ラザク(マレーシア第2代首相:第6代首相ナジブ・ラザク氏の父)→トゥンク・アブドゥル・ラーマンと首相が交代した事例があります。
  5. イスラム教における礼拝を呼びかける掛け声
  6. マレーシアに入るところは無事ではなかったような気もしますが…
  7. 田中さんに教えていただきました!
  8. なんとフィリピンで使ったことがあったとのことでした。マレーシアでも使えますよ!とお伝えしたのでした。
  9. 前身のマラヤ連邦時代にはトゥンク・アブドゥル・ラーマン(マレーシア初代首相)→アブドゥル・ラザク(マレーシア第2代首相:第6代首相ナジブ・ラザク氏の父)→トゥンク・アブドゥル・ラーマンと首相が交代した事例があります。
  10. イスラム教における礼拝を呼びかける掛け声
公開日:2020/12/13