2018年秋のシベリア鉄道の旅、街歩き編の次はモスクワ随一の観光スポット・赤の広場編です。

夜の赤の広場に行く

モスクワ滞在2日目は電気街を中心に観光していましたが、夜に赤の広場にも行きました。写真はプローシャチ・レボリューツィ駅周辺の電飾のある通りです。ボリショイ劇場へ行く際も通りましたが、日が落ちると電飾が見事です。

電飾の通りから赤の広場に出るところにはカザンの聖母聖堂があります。聖ワシリイ大聖堂に比べるとこじんまりとしていますが、玉ねぎ型の屋根のロシアらしい雰囲気の教会です。

そしてこちらが赤の広場です。広さや夜にも関わらず賑わっている点もさることながら、広場を取り囲む建造物がどれも見応え抜群なのが凄いです。1枚目左側は聖ワシリイ大聖堂、1枚目左側、2、3枚目の城壁はクレムリンです。2枚目と3枚目の2つの塔があるレンガ色の建物はロシア国立歴史博物館、3枚目右端は電飾でバッチリ飾られているグム百貨店です。こうして見るとそこまで大きく写っていないにもかかわらず、クレムリンの赤い星は本当に明るくて目立ちますね。Wikipediaによるとこの写真に写っているスパスカヤ塔(1枚目)、ニコリスカヤ塔(2,3枚目)はそれぞれ5kWの電球で星を照らしているとのことです。

こちらは先程の赤の広場全体の写真にも写っていたロシア国立歴史博物館です。赤の広場に入る際に最初に目に入る、なかなかよい建てっぷりの建物です。時間があればこの博物館も見学したかったのですが、この時はスケジュール上断念しました。そしてやはり国立歴史博物館の1枚目の写真を見ると、クレムリンの赤い星は明るいですね。一方、国立歴史博物館の塔の上の金色の飾りはロシアの国章である双頭の鷲をかたどったものになっています。

こちらは赤の広場の反対側、聖ワシリイ大聖堂です。積極的に聖堂自体がライトアップされているわけではありませんが、周囲の光を受けて明るく見えます。背景が真っ暗でも映えるカラフルな聖堂です。

赤の広場周辺をうろつく

一通り赤の広場内部を眺めたあとには周辺も散策してみました。こちらは街歩き編にも登場したボリショイ劇場です。隣に見える”ЦУМ(TSUM)”の看板はグム百貨店と並ぶモスクワの百貨店であるツム百貨店です。”ЦУМ”というのは”Центральный Универсальный Магазин(Central Universal Department Store)”つまり中央百貨店、の略だそうです。

窓のネオンがファンシーなこちらは”Центральный Детский  Магазин (Central Children’s Store)”ということで、おもちゃ販売店が集まったショッピングモールだそうです。ファンシーなネオンも納得です。写真では青一色ですが、実際にはフルカラーに点滅していて、ファンシーなネオンに気づくまではクラブか何かかと思っていました。

こちらは大分戻ってきて、赤の広場の端っこ、オホートヌイ・リャト地下街のそばから撮影した写真です。結構照明はギラギラなんですが、摩天楼がなく、重厚な作りの建物が多いのがいかにもヨーロッパであります。

こちらはプローシャチ・レボリューツィ3のカール・マルクス像です。像の下部にはソ連の国是でもあった「万国の労働者よ、団結せよ!」というフレーズがロシア語で彫られています。

朝イチでレーニン廟

モスクワ滞在3日目は日中に赤の広場を訪れ、いくつかの施設について中を見学しました。まず最初の訪問はレーニン廟です。レーニン廟は言うまでもなくソ連の初代最高指導者であったレーニンの遺体を安置している施設です。タイミングによっては見学のためにかなり並ぶということだったので、朝イチでの訪問としました。

この日の朝はまだ晴れていました。荷物検査待ちの待機列からはグム百貨店が一望できました。本当に長い百貨店です。

幸い、朝イチで並んだこともあり、そこまで並ぶこと無くレーニン廟の中へ入ることができました。ここから先は北京で訪れた毛主席紀念堂と同じく、写真撮影厳禁、静かに立ち止まらずにレーニンの遺体を見て退出、という流れです。レーニンもまた、ガラスケースの中で静かに眠っていました。2週間で毛沢東とレーニンという、2人の革命指導者の遺体を見たことになりました。行きやすい範囲だと残るはホー・チ・ミン廟、というところでしょうか。4

さて、レーニン廟を出てすぐ、クレムリンの壁沿いにはソ連に大きな功績を残した人々の墓があります。上の写真、一番手前はゴルバチョフ書記長の前、ソ連の第6代最高指導者であるチェルネンコの墓です。

奥へ進んでいきこちらは4代目の最高指導者であるブレジネフの墓です。石の色のチョイスはどういう基準なんでしょうか…

こちらはカリーニンの墓です。スターリン時代の大粛清を生き延びた数少ない革命の元勲で、ロシアの飛び地であるカリーニングラード州にその名前を残す方であります。

そしてこちらはスターリンの墓です。元々スターリンはレーニン廟の中にレーニンと共に安置されていましたが、1961年にフルシチョフのスターリン批判の一環で撤去され、こちらに再埋葬されたとのことです。

聖ワシリイ大聖堂を見学する

さて、レーニン廟の次は聖ワシリイ大聖堂です。入場料が700ルーブル(当時約1200円)かかりますが、せっかく来たわけですし、チケットを買い見学することにしました。

お菓子のようなカラフルなドーム屋根が本当に印象的です。左端に写っている窓の清掃の方との比較でスケール感が伝わるでしょうか?

1500年代の建設ということもあり、建物内部の絵画も歴史を感じるものが多くありました。こうして見てみると、ケルンのヴァルラフ・リヒャルツ美術館で展示してあった宗教画や、さらに古いですがブルージュの聖血礼拝堂の雰囲気に近いものを感じます。

壁に草花の模様が描いてあるのはなかなか独特な装飾だと感じます。ここまで埋め尽くすとさながらティーカップのようです。

聖ワシリイ大聖堂の中から赤の広場を見るとこんな感じです。この日は徐々に天気が悪くなり、この頃には曇り空でした。ちょうど広場を挟んだ向かい側が国立歴史博物館です。

クレムリンの中へ入る

聖ワシリイ大聖堂を見た後はクレムリンの中にも入りました。ロシア語「クレムリКремль」は「城塞」という意味なので、厳密にはここはモスクワのクレムリン、ということになります。

金色のドームが眩しいこちらの建物は生神女福音大聖堂です。

こちらの生神女就寝大聖堂は修復作業を実施している職人の方がいました。また、この大聖堂の展示室でブルガリがジュエリーで歴史を振り返る回顧展を行っていました。

こちらは「鐘の皇帝」と呼ばれる巨大な鐘であります。1733年から1735年にかけて制作された非常に大きな鐘ですが、鐘楼に取り付けられることはなく、1737年に火災で破損してしまったという鐘です。写真に写り込んでいる人からもサイズ感が分かると思います。

こちらは同じく「皇帝」シリーズ、「大砲の皇帝」です。こちらの砲身は1586年の作だそうです。1835年に作られた砲架にはなんともいえない顔つきのライオンが彫られています。

そして最後にこちらはロシア大統領官邸です。大統領の執務室はこちらにあるようです。帝政ロシア時代から存在する建物が今も政府機関として使われているのはすごいですね…

この写真を撮ったあたりで雨が降ってきてしまい、クレムリンを出てオホートヌイ・リャト地下街へと移動したのでした。

グム百貨店を歩く

さて、若干前後しますが、クレムリンへ行く前にグム百貨店にも行きました。こちらの”ГУМ”は元々”Государственный Универсальный Магазин (State Department Store)”、つまり国営百貨店という意味だったようです。現在では国営ではなくなっているので先頭の”Г”を「主要な」という意味の”Главный”に置き換えた名前としているそうです。

さて、このグム百貨店ですが、赤の広場から見た時に分かるように、細長い建物になっていて、各フロア中央部を買い物客が回遊するようなスタイルになっています。まっすぐと続くアーチ状の屋根や、時折架けられている上層階の橋を見ると、まるで美術館か運河にいるかのような気分になります。

以上、若干あっさり気味ですが、2018年秋のシベリア鉄道の旅、赤の広場編でした。ロシア国立歴史博物館など、中をじっくり見てみたい施設もまだ残っているので、またチャンスがあれば訪問したいところです。次回はモスクワの電気街巡り編です。お楽しみに!

 

  1. プローシャチПлощадь:「広場」、レボリューツィРеволюции:「革命」なので「革命広場」
  2. かつてはこの他に、モンゴルにスフバートルとチョイバルサンの遺体を安置したスフバートル廟がありましたが、2004年に埋葬、2005年に建物も撤去されていまいました。また、現存しますが行きにくいところだと北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に錦繍山太陽宮殿(金日成・金正日の遺体が安置されています)が残ってはいます。
  3. プローシャチПлощадь:「広場」、レボリューツィРеволюции:「革命」なので「革命広場」
  4. かつてはこの他に、モンゴルにスフバートルとチョイバルサンの遺体を安置したスフバートル廟がありましたが、2004年に埋葬、2005年に建物も撤去されていまいました。また、現存しますが行きにくいところだと北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に錦繍山太陽宮殿(金日成・金正日の遺体が安置されています)が残ってはいます。
公開日:2020/09/06