みなさんこんにちは.「ニコニコ技術部深セン観察会」を含めて,香港・マカオ・中国・ベトナムと旅行をして,無事に*1帰国しております.
それぞれの日の旅行記がまだ書けていないのですが,とりあえず先に深セン観察会の感想を書いてしまいたいと思います.
ツアーで回ったそれぞれの場所についての詳しい話は旅行記に書くと思いますので,しばしお待ちを.
(日付などのリンクでそれぞれの日の旅行記にも飛べるように更新していく予定です.)
【2016/08/31 17:00追記】本記事はあくまで私の感想で,基板工場が横流しをしているという言質を取ったわけではないので,
間違いが含まれている可能性も大いにあります.極力断定するような表現は避け,私の思ったこと,として書くよう努めましたが,
断定のように見える点があったとしても,あくまで私の感想であります.(間違いについては訂正したいので詳しい方は是非お知らせください!)
一応,「公板」や「公模」については,帰国後にAlibabaのB2Bサイトである1688.com等で検索を行うと幾つかヒットすることは確認したうえで,
記事を書いています.
深セン観察会とは
「ニコニコ技術部深セン観察会」とは,チームラボの高須(@tks)さんが主催している,
現地集合,現地解散,費用は移動にチャーターするバス代+ボランティアで我々を受け入れてくれる見学先へのおみやげ代のみ,
その代わりみんな終わった後に感想Blogを書きましょう,というルールのもと行われている,深センの工場やメイカースペースを見学するツアーです.
今回はFAB12というFabLabの国際会議が深センで行われていて,その終了直後の8月15日~17日にツアーが行われました.
思った以上の発展度
私は今回のツアーで初めて深センへ,というより初めて中国へ行きました.
情報としては「中国は高い経済成長率を誇り,GDPでも日本を抜いた経済大国である」という話は入ってきていましたし,
上海の夜景の写真を見てそのような発展した都市もあるということは頭の中では分かっていたつもりでした.
しかし,いくら香港の隣,世界最大の電気街があるとはいえ工場中心の地方都市だろう,という先入観があり,
深セン到着後,宿のある福田区などの中心部を歩いてみて,その想像以上の発展度に驚いてしまいました.
香港の夜景にあるようなキラキラと光るビルがいくつもいくつも通りに面して立ち並び,
東京で言えば丸の内周辺か新宿副都心といった趣でした.
また,地下鉄の駅に接続されているLINK CITY(連城新天地)という地下街は,3駅にまたがる超巨大地下街にもかかわらず,
どのお店もそれなりの人で賑わっていました.単に建物がバンバン建っているだけではなく,
その供給を消費するだけの需要が深センにはあるのだと感じました.
帰国した今になって調べたのですが,深セン市の面積と人口は2011年時点で東京都とさほど変わらない*2とのことです.
本題その1:700円のアクションカムを買った話
さて,タイトルにある,700円*3のアクションカムを買った話をしていきたいと思います.
私はツアー前々日の8月13日に深セン入りし,ツアー前日の8月14日には高須さんやすでに深セン入りしていたツアーの方々と一緒に電気街などを見て回っていました.
その中で華強北の国際電子城という電気街ビル*4へ行きました.高須さんが勢い良く店主の方に「これ見たいんだけど!」「いくら!」と中国語で聞いていくのに圧倒されつつも
ついて回っていると,入ってから数軒のところにあるアクションカム専門店で50元(約760円)のアクションカムを発見しました.
(700円のアクションカム.8月17日に再訪して購入)
700円とはいえ,きちんとした箱に入っていて,見た目もよくあるGoProクローンといった印象でした.
また,箱を開けると中には防水ケース以外にも様々な取付用アクセサリ一式が入っていました.
公板と公模
高須さんによれば,「公板(コンバン)」と「公模(コンモー)」という概念が深センにはあるそうです.それぞれの「公」の字は日本語と同じくパブリックな,という意味の「公」で,
それぞれ,コモディティ化したガジェットの半完成品として流通する基板とケースのことを指す言葉だそうです.
アクションカムのように,今ではありふれてしまったようなガジェットであれば,公板と公模を組み合わせれば完成してしまうし,開発費がかからない分安くできるということのようです.
さらに恐ろしいことにガジェット本体のケースだけでなく,ガジェットの梱包についても,公模のようなものがあるとのことで,
“1080P HD”とでかでかと書いてあるこのアクションカムのパッケージも,実はそのような「アクションカム向け汎用パッケージ」が使われている可能性が高く,
裏面のそれらしい仕様表やフルHDといった謳い文句は全く信用出来ないとのことでした.(実際,このアクションカムは1080Pではなかった)
公板や公模はどこからやって来る?
さて,公板と公模の威力は国際電子城で体感したのですが,誰がそんなものを作っているのか,という疑問が出てきました.
高須さんに言わせると,「この街に秘密なんてものはなく,基板を工場に発注したら,売れそうな基板は勝手に何倍かの数が生産されて横流しされる」
とのことでした.この時点ではあまり実感も湧かず,こっそりそういうことをしてるんだなあ,という感覚でした.
そんなことを考えつつ,ツアー1日目(8月15日)にSeeed Studioと付き合いのある基板製造工場を見学したのですが,
基板の検査工程を見ていると,結構な頻度でFAIL判定が出ていました.*5
ちょっと見ていた間にも何個か出るレベルなので,歩留まりは大丈夫なのだろうか,とか,Fusion PCBに代表される小ロット基板製造サービスに出すと,
何故か10枚のオーダーなのに12,3枚来たりするのは歩留まりが低いから大量に作って不良を弾くからなのだろうなあ,といったことを考えていました.
ところがもっと驚いたのは,その導通検査装置のそばの机で,デザインナイフを片手に作業している方々が居たことでした.
写真をよく見てもらうと分かるかもしれませんが,作業者のそばのディスプレイの表示内容は基板のパターンで,どうやらショート箇所を示しているようでした.
つまり,デザインナイフでパターンカットをして,ショートによる不良品については「一応使える基板」に再生しているようです.
もっと激しいことに,ショートしているパターン間にテストリードのようなものを当てて,大電流を流すことでパターンを焼き切る,
ということもしているようでした.流れるようにテストリードを当ててはバチッと音と光を発生させては次の基板へ…と作業している姿は非常に印象的でした.
さて,この「一応使える基板」,どこへ行くのでしょうか.正直な所,まともな製品であれば,そのような再生基板は
合格品として使用することは出来ないように思います.*6見学に行った工場は材質こそ一般的なFR-4の
ガラスエポキシ基板専業とのことでしたが,10層程度の複雑な多層基板も製造するとのことだったので,
特別にこの工場の製造能力が低い,ということもないのだろうと思います.
もしかすると,検査工程から生まれたこのような「一応使える基板」の一部や,合格品の余剰分が公板として市場に流通しているのではないかと感じました.
今回はプラスチックケースの製造工場へは行っていないので,公模については詳しくはわかりませんが,
こちらも同様にちょっと傷が入ってしまったB級品*7や,余剰分の横流し品が公模として流通しているのではないかと思います.
さらに,ツアー前日に行ったスマートフォンの部品単位での中古市場*8や,華強北のそこかしこにある,
ICの接続不良の修正や取り外しを行う装置を見るに,中古基板からの取り外し品のICなどの供給が潤沢にあることも,公板という概念を支えているのではないかと思いました.
公板と公模,モジュール化が織りなす深センのエコシステム(の,一部)
(700円アクションカムと同じお店で売っていた全周撮影アクションカム.)
ちょっと話が戻りますが,興味深いことに,700円アクションカムと同じお店で売っていた全周撮影アクションカムは360元(約5500円)と,
ちょっとしたジョークも含んだ価格設定*9ではありますが,700円アクションカムの約7倍の値段になります.
もちろん,この全周撮影アクションカムはWiFi機能が搭載されていたり,そもそも全周撮影機能がある*10ので,
単純な比較はできませんが,アクションカムというベースとなる要素に少し機能を追加するだけで,一気に値段が上がるという分かりやすい例の一つではないかと思います.
公板や公模をベースに,一捻り加えることで,ちょっと違った新たな製品として華強北で売りに出してみて,ダメだったらもう一捻りして…
という,深センで日々繰り返されている製品開発の一端を見た気がしました.
ツアー2日目に見学させて頂いた日本人の藤岡淳一さんが経営されているJENESISを見学させて頂いた後のお話でも,深センにはありとあらゆる部品やモジュールが揃っているので,
深センでなら小ロットでもうまく組み合わせてできる,というものがあるとのことでした.
公板や公模に限らず,スマホやタブレット,アクションカムのように,ある程度の基礎的な機能が決まりきったものが
モジュール化されつつ大量に生産される深センでは,「とりあえずこれとこれを組み合わせて作ってみる」がなんとか我々の手の届くところ*11まで
降りてきているのだな,と感じることができました.
また,700円のアクションカムのような,びっくりするような値段の怪しいガジェットは,単なる低賃金労働の産物,というわけではなく,モジュール化も含めた,
深センのエコシステムがうまく働いた結果なのだと感じました.
ここでは公模を例に私の理解を説明したいと思います.
ちょっと話が逸れるように見えますが,まずプラスチックケースを量産する場合を考えます.(製造業の方はスルーしてOKです)
プラスチックのケースというのは一般的に,金属の型(金型)に対して融けたプラスチックを流し込むことで量産されます.
このとき,1個あたりの原価は,
(プラスチックの材料費)+(金型の製造費)/(生産予定台数)+(工場の操業に必要な費用)
となるわけです.プラスチックの材料費はグラムあたり高々数円程度となりますが,問題は金型の製造費です.
金型は金属の塊を放電加工などの方法で削ることで製造されるため,非常に高価であり,金型1個で数百万円の製造費が必要となります.
量産する場合には,この数百万円を生産予定台数で割るために,ケース1個あたりの金型の製造費の負担が薄まるために,
結果的に作れば作るだけ,1個あたりの原価が(プラスチックの材料費)+(工場の操業に必要な費用)に近づいていく,という理屈になっているわけです*12.
逆に言えば,数百個しか作らない場合にはその数百万円を数百個で割ることになるため,1つのケースが1万円近い値段になる,ということもありうるわけです.
ところが,プラスチック工場が,ある会社Aから支給された金型を使いA社向けのケースを製造しつつ余剰分を公模として横流ししている,というケースを考えると,
横流ししたケースを買う側は最初から,金型の製造費が乗っていない,「タダ乗り」の値段でケースを手に入れることができるわけです.
いろいろな問題はありますし,到底日本で真似できるような話ではありません*13が,ここに公板を組み込んだり,
自社の独自機能を搭載した基板を組み込んで,数百個だけ売る,というようなことが圧倒的にしやすいわけです.
また,公板についても,スマートフォンへの搭載によって量産効果が出て格段に安くなったであろうGPSモジュールや,
WiFiモジュール,カメラモジュール等のモジュール化の影響を受けているといえると思います.*14単なる公板を構成するパーツとしてモジュールが活用されるだけでなく,
先に書いたように公板に「一捻り」加える際の障壁についても,モジュール化によって下がっているといえるのではないでしょうか.
以上が私の理解した所の公板や公模,モジュール化の恩恵なのですが,落ち着いて考えてみると,このエコシステム*15は,
激安700円アクションカムを作る会社が大量にあるだけでは回らないということが分かります.
当たり前ですが,公模の話でいえば,最初にどこかの誰かが金型を作って,その製造費の分を被ってガジェットを製造販売する必要があります.
華強北には,ただ安いものだけでなく,割とまともな高いものもそれなりに並んでいました.
例えば,先程から700円アクションカムの話ばかりしてきましたが,華強北ではその10倍以上の値段となる約1万円のアクションカムも売っています.
(GoProクローンメーカーの筆頭と言っていいであろうSJCAMのSJ5000X Elite.なんとSONY製センサー搭載が売り)
このような比較的高め*16,高品質のガジェットを作る企業がそのような製造の初期費用を被りつつ,普及の牽引役となっていて,
果ては公板や公模といったような究極のコモディティ化を支えているように見えました.
もちろん,金型の製造費を被るような,海外企業の後追いながらも開拓者的なガジェットは華強北に並ぶだけでなく,海外に販売されていくものも多いでしょうし,
そもそも金型の製造費を被っているのは海外のメーカー,というパターンも多いかとは思います.
さらに,ここまであまり触れてきませんでしたが,深センでは基板やケースの製造工場からせいぜい数時間の範囲内で製品の製造も行われているという,
最終製品でないところでの地産地消(?)が行われている点も,公板や公模の流通と活用を支えている一つの要素であると思います.
華強北で販売されているガジェットのうち,どこまでが開拓者的に初期費用を被って製造販売され,
どこまでが公板や公模の恩恵を受けて製造販売されているのか,観察者の我々には明確な線引きはできませんし,
公板や公模をうまく活用しながらしっかり作りこまれたガジェットもあるかもしれないので,かなり境界はあいまいなものだろうと思いますが,
華強北に広がる,そしてAliExpressなどを介して海外に輸出される,玉石混交の不思議なガジェットの世界は,
世界で一番部品やモジュールが集まる最強のサプライチェーンと,ピンからキリまで様々なレベルの製品が共存することができるだけの規模に支えられているのだということは,
今回のツアーを介して感じることができました.
本題その2,はまた次回
ここまでで,華強北の謎ガジェットと基板メーカーには触れたのですが,結局のところここに書いた話は,
今あるものをうまく活用してガジェットを作って売る,という話でしかなく,新しいものを作っていくような活動が
深センでどのように起きているか,という話には触れていません.
それについては本題その2として触れるつもりだったのですが,本題その1が長くなってしまったので,また別の日の記事として公開したいと思います.
旅行記も含め,記憶が新鮮なうちにできるだけ早く記事にしていきたいと思います!
*1:実はハノイで食べ物に当たってしまい若干無事ではないのですが・・・
*2:https://www.jetro.go.jp/ext_images/jfile/report/07000525/china_shenzhen_style_pro2.pdf
*3:今計算したら760円くらいでしたが,キリが良いので通貨換算の表記以外では700円と表記します.
*4:ラジオデパートが何倍かのサイズになったものと思っていただければだいたい合っています
*5:FAIL判定が出るたびにツアーメンバーが若干盛り上がっていたのは言うまでもない
*6:実際,ツアー参加者の佐藤未知さんもうちの製品では絶対にそんな基板は使わせないと言っていました
*7:700円アクションカムは実際はレンズに目視できるくらいの傷がついていたりしますが…
*8:ここだけはカメラを出すと怒られるとのことで写真なしです
*9:値段を見てウケていた我々を見て店員さんがニヤニヤしていたので多分わざとやってる
*10:一応,魚眼画像を展開して表示するモードがあります
*11:とはいえ,茨の道でしょうけれど
*12:厳密には金型も消耗品だったりしますが
*13:とはいえ,金型が変わらない,例えば色合いやソフトウェアなどのカスタムを施して既製品を売る,というようなアプローチは日本でも見られますが
*14:様々なガジェットに付いているLCD/OLEDも大体同じようなモジュールが乗っていますよね
*15:さっきからエコシステムエコシステムとうるさいのは高須さんの書籍のタイトルが「メイカーズのエコシステム」だからです.是非読んでみてください!
*16:ネタ元よりは安いですが