概要
「ニコ技深セン観察会」で一緒にツアーに参加していた茂田さんから頂いたクアッドコプターを分解しました.
注意
本分解レポートは分解を推奨するものではありません.また,このレポートを参照した結果生じたいかなる損害についても筆者は責任を負いません.
外箱
箱自体は幅28cm,奥行き16cm,高さ8.5cmくらいのものでした.箱のサイズから分かるように,比較的小ぶりなクアッドコプターです.箱の天面にはいろいろなアイコンが描いてあり,簡単な機能の紹介にはなっていますが,型番らしきものはありませんでした.カメラ付きであることと,WiFiでスマホから制御できる点が売りのようです.
一方,裏面にはいろいろな注意書きや型番などが書いてありました.どうやら”512W”という型番のようです.右側の白地の囲みにアラビア語が記載されている点は結構興味深いと思います.深センの国際電子城の看板にもアラビア語の記載があったので,アラブ圏にもそれなりに輸出されている,あるいは輸出したい,ということなのでしょうか.
クアッドコプターが入る所とコントローラーが入る所はきちんとボール紙の仕切りで分かれていました.写真左側のUSBケーブルは充電用のケーブルです.USBコネクタの上の白い粒のようなものが本体に刺さるコネクタで,本体側の”CHA”という表記の上のところに刺さるようになっています.
ちなみにこのクアッドコプターの本体の重量は23gでした.
取扱説明書はバラしてくれと言わんばかりの図が添付されていました.
クアッドコプター本体
さて,クアッドコプター本体の分解に取り掛かっていきたいと思います.
クアッドコプターをひっくり返すと,胴体の部分からプロペラを駆動するモーターの部分へ伸びているアームの部分がネジ止めされていることがわかりました.まず最初にこれを取り外しましたが,胴体上部のパーツと下部のパーツはプロペラ部にあるツメで止まっているようだったので,ネジ以外にその部分の取り外しを行う必要がありました.
先日AliExpressで発注していた分解工具セットが到着していたので,分解工具を使いながらツメを外しました.なかなか便利です.
ツメを外すと胴体の部分も含めて上下に分離しました.
正面側から見るとこのようになっています.モータの直径は6mmでした.筐体は上下で2パーツとカメラが取り付けられている正面のパーツの3つに分かれました.
モータへの配線が伸びているのでなかなかごちゃっとしていますが,制御基板の類はこのように胴体部に押し込まれていました.
胴体下部のパーツはモータを取り外すと完全に分離するかと思いきや,アンテナ(カメラ用.詳しくは後述)が取り付けられているため,基板と完全には分離しませんでした.
先ほど述べたように,筐体パーツは上下とカメラ部に分けることが出来ます.カメラ部のパーツは上下のパーツにはめ込まれているだけなので,簡単に分離できました.カメラ部の裏側には小型のカメラモジュールがネジ止めされていました.
リチウムイオンバッテリーは180mAhの1セルでした.
基板部を筐体から引っ張り出していくと,2枚の基板があることがわかりました.カメラから伸びるフレキシブル基板はそのうちの小さい方の基板へ接続されていました.また,この基板には前述のアンテナも接続されていました.以後,この小さい方の基板を「カメラ用基板」,大きい方の基板を「本体基板」として,部品のチェックを行っていきます.
カメラ用基板
さて,まずはカメラ用基板です.上の写真で見てすぐ分かるように,カメラ用基板の片面には子基板がさらに搭載されています.
この子基板には”BL-R8801MS1 V1.3″とあります.検索すると,”V1.3″の基板そのものはヒットしませんでしたが,製造元のページがヒットしました.製造元は台湾の新北市のAboComという企業のようです.仕様を読んでいくと,この子基板は802.11 b/g/n対応,SDIOで通信を行う無線LANモジュールのようです.写真にあるように,無線LAN機能を担うのはMarvellの88W8801というSoCでした.
右下の”54PD”というマーキングの部品の正体は分かりませんでしたが,本体基板にも同じ部品があることや,後述のSoC(FH8610)が複数の電圧を要求する割に,この部品が電源ICでないとするとこの基板にはスイッチング電源ICが一つだけ,ということになるので.おそらく電源ICなのだろうとは思います.
子基板が搭載されていない側(裏面)は本体基板との絶縁のために黒い粘着テープで覆われていました.テープを剥がすと,基板中央部に大きなICが鎮座していました.このICはShanghai Fullhan MicroelectronicsのFH8610というSoCで,カメラモジュールとの通信,JPEG/Motion JPEGやH.264へのエンコードをこのチップですべて行うことができるようです.本来はネットワークカメラ向けのSoCのようですが,ある意味クアッドコプターのカメラもネットワークカメラなので,正しい用途と言えるかと思います.
その左下の8ピンの部品はマーキングがありませんでしたが,FH8610の内蔵CPUのプログラムは外付けのSPI Flashに格納されるようなので,おそらくSPI Flashだと思われます.
FH8610の左上の5本足の部品,KB3426-ADJは表面の右上のコイルと合わせて,DC-DCコンバータを構成しています.
FH8610の下の部品はPS3120Aという4.95Vを昇圧して生成するICです.FH8610も88W8801も5V系統を要求しないので,おそらくカメラの都合で5V系が必要なために使われているのではないかと思います.
ちなみに,カメラ用基板と本体基板は電源のプラスマイナスの2本と,シリアル通信用とおぼしき線1本の計3本で接続されていました(詳しくは後述).
本体基板
さて,次は本体基板です.
中央の最も大きい黒い正方形のICがマイコンで,STMicroelectronicsのSTM32F031K4が搭載されていました.STM32FシリーズではSTM32F030シリーズが最下位モデルなのですが,030シリーズには足のないQFN (Quad Flat No-leads)パッケージが無いので031シリーズが搭載されているのだと思います.
マイコンの右隣にあるのがPanchip MicroelectronicsのXN297という2.4GHz帯のトランシーバーICです.どうやら本来はワイヤレスマウス向けのICのようです.
マイコンの左隣はInvenSense社のMPU-6050という3軸加速度センサーと3軸ジャイロセンサーを統合したセンサICです.InvenSense社のMPUシリーズにはさらに3軸地磁気センサを統合したMPU-9xxxシリーズもあり,どちらもAliExpress等で安価にモジュールが入手できるメジャーなICです.
MPU-6050の更に隣にはカメラ用基板と同じく”54PD”というマーキングのある3本足のICが搭載されていました.左側の赤黒線がバッテリーの配線であり,そこに近い位置にあることや,これ以外に電源ICらしきものがないことから,やはり電源ICでなのではないかと考えています.
裏面は至ってシンプルで,4つあるモータを駆動するためのMOSFET (MTN2310N3)が搭載されている程度です.ただ,明らかにマイコンへの書き込み用と思われるテストパッドが出ていたり,カメラ用基板への配線が出ているところの裏に”V+ V- RX”とあったりと,気になる記述が幾つかありました.右下の白丸とその隣の未実装と思われるパタンも気になります.充電管理ICでしょうか…?
カメラ用基板への伸びる配線部の”V+ V- RX”のうち,”V+ V-“は電源だろうと容易に推測が付きます.”RX”については,おそらく無線LAN経由で操縦をするために,カメラ用基板で受信した操縦のための情報を本体基板に伝えるための信号線であり,カメラ用基板→本体基板という方向の一方向で通信をする信号線だと思われます.
コントローラー
さて,本体は一通り分解が終わったので,次はコントローラーです.
コントローラーはゲームのコントローラーに,スマホホルダーが合体した形になっていました.スマホをここに取り付けることで,空撮映像を見ながら操縦できるということのようです.
ちなみに,右側のジョイスティックは上下も左右もバネが入っていて中央に勝手に戻るようになっていますが,左側のジョイスティックは上下がスロットルに対応しているのでバネが入っておらず,任意の位置に固定できるようになっていました.
なお,スマホホルダーはこのように折りたたむことが出来ます.
裏面に回ると,電池ケースがありました.スマホホルダーと電池ケースの蓋が一体になっていて,中央上部のネジを外さないと電池が交換できないようになっていました.電池ケースの蓋がネジ止めされているタイプは最近では珍しい気がします.
電池ケースの蓋のネジ以外にも裏側にある6本のネジを外すと,簡単にケースの上部が外れました.写真のように,コントローラーの基板は片面基板でした.
ジョイスティックの先端部は圧入してあるだけだったので,簡単に引き抜くことができました.
その後,基板を留めているネジを外して裏面を見ようとしたのですが,写真の”B+”と”B-“の部分が裏側の電池ケースの金具と直接はんだ付けされていていたので,ネジを外しただけでは基板を取り外せませんでした.おそらく,基板をこの筐体に取り付けてからはんだ付けしていると思われます.
そんなわけで”B+”と”B-“のはんだ付けを外し,基板を取り出しました.部品数は非常に少なく,ボタンのためにサイズが大きいだけの基板,という印象でした.
基板上部のいかにもICといった感じのSOP (Small Outline Package)の8ピンのICはクアッドコプター本体基板にも搭載されていたXN297のSOP版でした.
もう一個の16ピンのICはマーキングがありませんでしたが,電源ピンの位置(5番ピンがVSS,12番ピンがVDD)や中国製品でよく使われるマイコンという条件を考えると,おそらく台湾Elan MicroelectronicsのEM78シリーズではないかと思われます.EM78シリーズは命令セットがMicrochipのPICに似ているとか,そういう噂も聞きますが,AliExpressなどでも購入可能で,広く使われているMCUといえます.
中央下部の4つの3本足の部品は全部同じかと思いきや,右下は3.3Vの3端子レギュレータ,上側の2個はNPNトランジスタあるいはNチャネルMOSFET,左下はPNPトランジスタあるいはPチャネルMOSFETのようです.右下の3端子レギュレータについては,マーキングからはTorex Semiconductorの3.3Vの3端子レギュレータのようなのですが,ネット上で出て来る写真と違って,”662K”のマーキングの左側に謎のロゴがあるため,おそらくTorexの純正品では無いと思います.ただ,基板のパタンを追うと3端子レギュレータであることは確実なようでした.また,謎のロゴですが,本体基板やカメラ用基板にあった”54PD”というマーキングの部品と同一のロゴでした.こちらの部品をきっかけにメーカーだけでも特定できたら良かったのですが,特に情報は見つかりませんでした.
“662K”の上の3本足の部品には”ML5″というマーキングがありました.この部品はブザーを駆動するために使われているようでした.ブザーの+端子は電池に直結されていて,-端子側に上記の部品が接続されていたので,おそらくNPNトランジスタかNチャネルのMOSFETだと思います.
左側の2つの3本足の部品のうち,下側の”ML6″と書いてある部品は電源ラインの+側を分断するように接続されていたので,おそらく通電の制御を行う電子スイッチの役割をしていると思われます.その上の”ML5″と書いてある部品と合わせて,押している間だけしか通電しないタイプのスイッチ(モーメンタリタイプのスイッチ)を使って電源をON/OFFする機能を実現しているようでした.電源ラインの+側に入れるスイッチであれば,PNP型のトランジスタかPチャネルのMOSFETを使うのが普通なので,”ML6″はNPN型(あるいはNチャネル)の”ML5″と対になるPNP型(あるいはPチャネル)のトランジスタだと思われます.
充電ケーブル
USB経由で充電するための充電ケーブルも分解してみました.片面基板が1枚入っているのみで,ケースはネジ止めではなくオスメスのある2つのパーツが圧入でくっついているだけなので,分解工具を差し込んで軽くこじるだけで簡単に開きました.
基板の真ん中に”L6″というマーキングがある3本足の部品があるだけで,その他には能動素子はなさそうでした.最初はトランジスタではないだろうと考えて調べたのですが,ヒットしたのがリセットICだけで,ピン配置的にも辻褄が合わなかったので多分トランジスタなのではないかと思います.大した規模の回路ではないのでパターンを全部追ってみたのですが,どうも一定以上電流が流れているときは基板上のLEDが点灯し,電流が一定値を下回るとLEDが消灯するという仕組みのようでした.
所感
重量や体積についてかなりの制約があることもあってか,型番と思われる”512″という表記のある専用設計と思われる基板が散見されましたが,その一方で,きちんと汎用品が使えるところは使っているという印象でした.カメラ付きのクアッドコプターということで,どういう構成になっているのかと気になりましたが,要するに,「素のクアッドコプター+ネットワークカメラ」という構成になっていて,なるほどそういう風に切り分けるのか,と感心させられました.
本体のマイコンについてはSTMicroelectronicsのSTM32マイコンが使われていますが,AliExpressで見る限り,STのマイコンはどうやら中国国内で大量に流通しているのか,他社(例えばNXPとか)のマイコンに比べて安い印象があります.このような状況になった理由が気になる所です.
充電ケーブルについては電流をチェックしてインジケータが点灯するという構成になっていて面白かった一方,結局きちんとした充電管理はしていないのか…という感想でした.