2017年7月10日~14日に開催されたICLC14 (International Cognitive Linguistics Conference:国際認知言語学会)に参加してきました.
参加のきっかけ
そもそも,情報工学専攻の私が国際認知言語学会に参加することになったきっかけは講義のレポートでした.私が所属する東京農工大学の大学院では科学特論という講義があり,何人かの先生がさまざまなテーマで開講している講義からいくつかを選択して履修するというカリキュラムになっています.
私はHCI (ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)に関連する研究プロジェクトに参加していることもあり,認知言語学をテーマにしている講義を選択しました.この講義の最終レポートとして,「講義で取り扱ったメタファー(隠喩)・メトニミー(換喩)といった概念に関係する,自分の専門分野に関係する現象を認知言語学の側面から調査・分析する」という課題が出されました.
私は最終レポートで取り扱う現象として,「コンピュータは人である」という概念メタファーに基づく「コンパイラに怒られた」という表現を選び,調査を行いました.その結果,「コンパイラに怒られた」という表現は,「CPUの温度が高すぎるとパソコンに怒られた」というような表現に比べて受容度が高いということが分かりました.ありがたいことに,講義を担当していた宇野良子先生にこの結果に興味を持っていただいたため,共同で追加の調査・議論を行い”Who got scolded by computer programs?” と題してICLC14にて発表することになったのでした.
エストニアはタルトゥへ
さて,ICLC14の開催地はエストニア共和国のタルトゥ (Tartu) という都市でした.行く前に「エストニアに行く」と言うと,だいたいの方からは「どこ?」という反応が返ってきていましたので,以下に地図を示しておきます.
ご覧の通り,エストニアはバルト海・フィンランド湾を挟んで北側にフィンランド,東側にはロシア,南側はラトビアという立地にあります.フィンランドの首都ヘルシンキやサンクトペテルブルクに近いことから,かなり北の方の国だということが分かっていただけるかと思います.
タルトゥはエストニアの第二の都市で,エストニア最古の大学であり,今回参加した国際認知言語学会の会場でもあるタルトゥ大学が存在するなど,エストニアの文化・学術の中心地とのことでした.
残念ながら,タルトゥはおろかエストニアへの日本からの直行便は2017年現在存在しないので,フィンエアーを利用してヘルシンキ経由で行くことになりました.成田空港で同行する2人の先生と合流し,9時間半程度の空路でまずはヘルシンキ・ヴァンター国際空港に到着しました.
ヘルシンキ空港は小さくまとまっているおしゃれな空港という印象でした.
衝撃だったのはトナカイの毛皮が至るところで売られていたことです.初ヨーロッパ・初北欧にしていきなりの強烈なインパクトでした.
フィンランドもエストニアもEU圏内であるため,この空港で入国(?)審査を受けることになるのですが,どこからどう行けばいいのかまごつくなどちょっとしたハプニングはありましたが,長い長い6時間弱の乗り継ぎ時間を終え,ヘルシンキからタルトゥへ向かう飛行機へと搭乗しました.
タルトゥへはおよそ70人乗りのプロペラ機で向かいました.当然ながら沖止めでした.ヘルシンキ-タルトゥ間も近いのですが,エストニアの首都タリンとヘルシンキはさらに近いことから,ヘルシンキから空路で向かった私たちのようなルートの他に,船などでタリンへ渡り,そこから鉄路・バスでタルトゥへ向かった方も多かったようです.(今回は乗りませんでしたが,バスは全席に,鉄路は優等座席にWi-Fiが提供されるようです.使った方に聞いたところ鉄道のWi-Fiは特に不便を感じなかったとのことでした.)初ヨーロッパにして初プロペラ機でしたが,予想より揺れず,日本を出発してから15時間ほど経っていたために機内では爆睡でした.
ちなみに,写真は撮りそびれたのですが,ちょうど首相のヨーロッパ外遊と同じタイミングだったため,ヘルシンキ空港で日本政府専用機を目撃しました.ちょっとラッキー.
飛行機は50分ほどでタルトゥ空港へ到着したのですが,この空港は現在定期便が1日に1往復しかない小さな空港であるため,付帯する施設もなんともこぢんまりしたものでした.上の写真は預け荷物の受取のためのベルトコンベアです.右端に写っているドアのサイズから全体の小ささが分かるかと思います.
タルトゥ空港に到着したのは22時頃だったのですが,さすがは夏の高緯度地域,日の入前で空はまだまだ明るいままでした.また,ヘルシンキでは外に出なかったのであまり感じませんでしたが,肌寒さも感じました.その後,荷物を受け取り空港を出て,農工大から一緒に参加した2人の先生とタクシーで宿へ…と思ったのですがなんとタクシーがまったくいませんでした.我々が搭乗した便は満員のように見えたのですが,研究者っぽい(あくまでこの時点では「研究者っぽい」と私が思っただけですが,だいたいの方は学会の会場でお見かけした気がするので間違ってはいないはず!)方々が多かったので,きっと通常時はガラガラでタクシーが待機するほどの需要がないのでしょう.エアポートシャトルバスもあったようでしたが,我々は予約をしておらず,混雑していたこともあってかなかなか出発しなさそうな雰囲気だったので,結局先生が空港の方にタクシー会社の電話番号を教えてもらい,タクシーを呼ぶことになりました.しばらく待っているとタクシーが来て,23時前には宿に到着しました.
宿はこんな感じの部屋でした.ベッドはふかふかでしたし,シャワールームも十分な広さでした.周囲の宿の中では割安な部類に入ると思いますが,香港の激狭マンションゲストハウスやハノイの大学の寮でのヤモリとの一ヶ月共同生活を経た私にとっては贅沢すぎるくらいの宿でした.
最上階の5Fだったこともあり斜めに窓がついていますが,この窓は中央を軸にして開くので外気を取り入れることができました.土地柄冷房はなく,暖房のみなので,ちょっと暑さを感じた時はこの窓を開けて冷たい空気(外のほうが涼しいのです)を取り入れたりしました.
学会へGo!
国際認知言語学会は到着の翌日,7/10の朝から始まりました.会場は写真にあるタルトゥ大学のホールのある建物と,もう一つの講義用の教室が集まっている建物でした.大枠として,朝と晩にそれぞれ全体発表が1つずつあり,朝と晩の全体発表の間の時間に10テーマが小部屋に分かれて発表を行うというスタイルになっていました.
初日の朝は出遅れた&発表の練習もあったのとで,オープニングと全体発表については学会公式のストリーミング配信を使い宿で聴講していました.実はエストニアは国家を挙げてインターネットのインフラとしての整備に力を入れていて,その一環なのか全体発表については基本的にストリーミングを行うことが事前に発表されていました.Youtube Liveあたりを使うのは今やそこまで珍しくないかもしれませんが,なんと今回は大学公式の配信プラットフォームでの配信でした.過去にも国際認知言語学会に参加している先生方に話を聞いたところ,そもそも配信があるのは初めてとのことでした.
地理的に宿と大学は徒歩5分の距離にあることもあるのかもしれませんが,宿のWi-Fiで視聴していても全く途切れず安定して視聴できました.その後も宿のWi-Fiは滞在中常にスムーズに使用でき,不便さを感じることはありませんでした.
全体発表を聞いた後支度を整え,学会会場でレジストレーションを済ませて記念のバッグとペン,プログラムをもらい,発表の聴講に向かいました.
さて,ここまでは順を追って説明してきましたが,ここで聴講した発表を幾つか取り上げて紹介したいと思います.そもそも認知言語学は私の専門ではなく,ちんぷんかんぷんなのではとも思ったのですが,同行した先生方が比較的予備知識なしに聞いても分かりやすそうな発表をピックアップしてくださったので,なんとかついていくことができました.その中でも,特に私が興味深いと感じ,またこんな分野があるのかと驚いた政治関係のメタファーの分析とPolitical discourse(政治演説の分析)を中心に取り上げたいと思います.(一応Abstractを見ながら書いているので,大筋は外れていないと思うのですが,大幅な勘違いがないとは言い切れないので気になる方はAbstractをご参照ください.)
THE ROLE OF MULTIMODALITY IN MEANING CONSTRUAL. A COGNITIVE
ANALYSIS OF POLITICAL POSTERS.
こちらの発表は名前の通りではありますが,言語だけでなく視覚的表現など,複数の表現を組み合わせたものを人間が解釈する際にはそれぞれの表現そのものだけを解釈するのではなく,その表現の基となっている背景が解釈に大きく影響してくるということについて,Conceptual blendingという概念を使って説明するというような内容でした.特に分析については2016年のBrexitのポスターを用いていました.たとえば,このページにある”Remain sane”のポスター(これは没になったもののようですが,EU離脱派のリーダーをヒトラーに例えています.)などが出てきました.聴講した中で一番最初に見た政治関係の分析の発表だったため,こんな研究の切り口があるのかと驚きました.
THE PARADOX OF METAPHOR OR THE PROCESSES OF ANIMATION AND DE-ANIMATION IN CONCEPTUALIZING SOCIO-POLITICAL EVENTS
こちらの発表は”Animation and De-animation”とあるように,メタファーによって擬人化される概念と,逆に物のように例えられる概念の比較についてのものでした.分析の対象としては,リトアニアの方の発表ということもあり近年のリトアニアのメディアにおける移民問題や通貨統合(リトアニアは2015年にユーロ圏に加入しています.)に関する表現が使われていました.たとえば,移民問題では”wave of migrant…”というように,本来人間の集団である移民を「波」として扱った表現があると指摘する一方で,ユーロ圏加入について”get married with Euro…”というように,本来通貨であり人間でないユーロに対して「結婚する」とい表現が使われたりしているとのことでした.これまでの研究なども含めて,劣っていると認識していたり奇妙なものであると認識しているものに対して人間は物に例える傾向があるといえるのではないかということや,どのように物事を例えるかということについては,その物事に対する社会の態度が反映されるのではないか,ということを示唆する内容でした.
CONCEPTUAL METAPHORS IN MULTIPLE DATA:
PUBLIC SPEECHES OF BARACK OBAMA AND VLADIMIR PUTIN, 2014 – 2015
これもタイトルそのまま直球勝負といった感じの内容で,プーチンとオバマのそれぞれのスピーチからメタファーを抜き出し,それぞれがどのような概念に対してメタファーを適用しているのかを調査した発表です.発表によれば,オバマは「政治」を「人」に例えるメタファーを適用する傾向があり,プーチンはロシアという「国」を「作るもの(家など)」に例えるメタファーを適用する傾向があるとのことでした.ちなみにそれぞれの大統領の15回のスピーチが調査対象とのことでしたが,その中でオバマは195個,プーチンは158個のメタファーを使用しているとのことで,そんなにも多いのかと驚きました.その後先生から伺った話によると,アメリカでは認知言語学などの分野の関係者がスピーチライターとして演説に関わっていたりするそう(この分野のパイオニアの一人であるジョージ・レイコフは民主党のブレーンだそうです.)なので,そういう背景もあるのだなと勉強になりました.
この他にも,オーストラリアの北方の原住民族だけが話すことができる絶滅寸前のYanyuwaという言語(なんとネイティブは5人しかいないそうです.)における,「国土は食べ物である (“Land is food”)」というようなメタファーについての発表や,政治についての知識が乏しい人の方が,政治的な文脈(例としてはベーシックインカムについての議論が使われていました)で用いられるメタファーに影響されやすいというような発表,あるいは音象徴に関する発表,更には調査の際のデータ解析にPythonやRを活用したというような発表などを聴講しました.同時並行で10セッションあり,私の興味に近いメタファー関係の発表を中心に聴講したため,かなりチョイスに偏りがありますが,なんとなく雰囲気を感じ取ってもらえたら幸いです.
おまけ:おしゃれなコーヒータイム
さて,記事が長くなってきたこともあり学会編として一区切りとし,学会終了後などの空いている時間に見に行ったところや渡航中に起きた騒動,そして情報系の方が気になりそうなエストニアのIT事情などについてはまた改めて書きます.(そんな感じの内容を期待していた方すみません!)
さて,最後におまけなのですが,国際認知言語学会はディナーのあった水曜日と最終日の金曜日以外は朝9,10時ごろから20時前まで開催されていた(20時でも全然明るいのでなんか妙な感覚でした)のですが,ランチタイム(適当に市街地へ食べに行ってくださいとのことでした)以外に午前と午後にコーヒータイムが用意されていました.
コーヒータイムなので当然コーヒーはサーブされるのですが,その他に出ていた軽食がなかなかおしゃれで写真のシュークリームやカナッペなどでした.
最初は屋内の広めの教室がコーヒーコーナーとして割り当てられていたのですが,賑わいすぎたためか最終日には外にもコーヒーコーナーが拡張されていました.コーヒータイムには大変賑わっていて,発表以外のタイミングで交流を深めることができたよい機会だったと思います.(もちろん軽食が美味しかったのもたいへん良かったのですが…笑)
それでは,珍道中編(?)をお楽しみに!